善意の刹那をとらえて 視点・論点

sitenn先日「おおきにXmas party」で集められた寄付金の送金を終えて、僕は感動的な喜びに満たされました。そのことから、なぜ自分はこれまで寄付をしてこなかったのか?という自問について考えました。

過去に、沖縄・球美の里を取り上げたドキュメンタリー番組をテレビで見たことがありました。内容は福島の子供たちを被ばくから守ることの重要性を訴えた大変素晴らしい、心に響くもので、番組の最後の方では、寄付金を募る案内もあり、自分も支援したいという強い気持ちが沸き起こりました。きっと、番組を観られた人たちの大勢が同じ想いを抱いたはずです。
しかし、僕は放送後に寄付金を送金するような行動にはならず、翌日にはその善意が消え薄れていくように、日常の生活に流されていきました・・・

その事実から考えたいことは、善意とは基本的には、儚いもので、長期に持続することが不得意な性質であると捉えてみたいと思います。

僕が寄付の行動にまで至らなかった大きな要因は、送金までの手間ヒマによるもので、殆どこの一点に尽きます。
番組の案内から銀行口座を控え、銀行が開店するのを待ち、銀行窓口に足を運び、手続きまでの順番に並び、ようやく手続きに到達するということが、善意を消極的なものしていきました。

では、どのようにして、その善意の刹那を、取り逃がさないようにするのか?

それには、ITを駆使したシステムの構築が重要で、善意の沸き起こりから寄付金の送金にいたるまでの導線がスピーディーでシームレスに行われるデザインが必要だと考えました。

例えば、現在ではスマホのゲームアプリなどか課金システムを利用して、大きな利益を上げていますが、これは親指一本でサービスの購入までに至る、購買意欲を取りこぼさない緻密な設計によって成功していることが要因です。また100円単位の手軽な金額が購入を気軽なものにしているということも重要な点です。
このシームレスな設計にはウェブのショッピングサイトのデザインでも同様なことが言えます。

寄付の世界でも、このように月々の携帯料金からの支払いやクレジットカードでの支払いなど決済を簡単にし、それをアプリケーションによってシームレスに行い、金額も100円単位から気楽に参加できる環境が整えば私たちの善意は具体的な行動として、寄付へと向かう可能性が高まるはずです。

これまで、報道を通じて様々な問題を識った後に、具体的にどういう行動に移せば良いか分からず、その問題を抱えたまま日常に戻されるということの繰り返しでしたが、寄付を通じて関わることでそれらが引き起こす心理負担は幾分か軽減され、その問題に対して発言することに積極性を持てるという心理面でも有効なものになるということが、今回実感として理解できました。

善意のはかなさに気付いた今、ITの技術の発展に期待を寄せながらも、まずは自分自身の問題として善意を永遠へと飛躍させる方法を考えはじめています。

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