【映画評】「牡蠣工場」 監督:想田和弘

kaki

「牡蠣工場」 監督:想田和弘

観察映画と呼ばれるドキュメンタリー映画を撮る想田監督の作品には、ナレーション、テロップ、音楽などの内容を補足する要素が全くない。
また台本も書かずに、監督自身どういう映画になるか、また映画になるかどうかさえ、わからないまま撮影を行うというのが想田監督の作品の特徴である。
牡蠣工場でも牡蠣の水揚げから出荷までの作業風景や、そこで働く人々の日常風景が淡々と流れ続ける。このことによって、鑑賞者はいつの間にか、その空間に放り投げ出されたような感覚に見舞われ、外から眺めるというより、内から牡蠣工場の世界に引きずり込まれるような体験映画のような印象だった。
補足の説明がないことで、映画の中で何が起こっているかを能動的に捉えなければならないというのが、体験映画の大きな要因になっているのだろう。

最も印象的だったのは、牡蠣工場から聞こえてくる音だった。牡蠣の殻をむく職人さんたちの華麗な手さばきと殻の音が不思議な魅力をもった映像になっており、殻をむくという単調な作業の繰り返しを細かく見ていくと手の動きや音に微妙なズレが生まれ、どこかスティーブ・ライヒを思わせる心地よい映像の連続に魅了される。
もう一点は、牡蠣工場で重要な働き手として活躍する中国人労働者の存在が映画の重要な点になっており、最後に登場する新規の中国人労働者が懸命に働こうとるする姿になんともいえない不安と感動に見舞われ、彼らが活躍することを祈るような想いで見入ってしまった。
問題を炙り出しながらも幸福感を感じさせる映画の世界に、劇場を後にしたときには牡蠣工場で働きたいという気持ちになっていた。

Pocket
LINEで送る